【歌詞を楽しんでる?】言葉の獲得の視点で「歌を楽しく歌うこと」を考える話(こいのぼり編)

こいのぼりの歌詞は、私が子どもの頃は「大きいまごい」ではなくて「大きなまごい」でした。でも、「小さいひごい」は昔から「小さいひごい」だったんですよ。…という話をしても、誰も覚えてなくて、「記憶違いだったかな…」と思っていた頃に昔の本を見付けました。開いてみると、そこには予想外の歌詞が書かれていたんです。

こいのぼりの歌詞は昔「大きなまごい」だった

昔話の描写は、昔と変えられたものがいくつもあります。残酷な描写は変えられることがありますね。かちかち山のタヌキがお婆さんを撲殺し皮を被る、婆汁にしてお爺さんに食べさせる…なんてところは、かなり前から無くなって、近年では「タヌキがいたずらをしてウサギに懲らしめられる話」くらいになっています。

歌詞も昔話と同じように(残酷だからということではないですが)、時代と共に変わっていくものなんでしょう。私が子どもの頃、「こいのぼり」は、「大きなまごい」と歌っていたのですが、いつの間にか「大きいまごい」になっています。…という話をしても、誰も覚えていなかったんですよ。「小さいひごい」は昔から「小さいひごい」だと記憶していたので、「じゃあ、『大きなまごい』も記憶違いかな…」と思っていました。

あるとき、絵と歌詞が載っている昔の本を見る機会があったんです。「こいのぼりが載ってるといいな」と思い、開いてみると、ちゃんと「大きなまごい」と書かれていました。そして、ひごいの方は「小さいひごい」でした。私の記憶通りです。ただ、私が歌っていた歌詞よりもさらに前の時代のものだったようで、「大きなまごい」は「お父さん」ではなくて、「お父様」だったんです。時代により、「お父様」が「お父さん」になり、「大きな」が「大きい」になり…と、少しずつ変化していったのでしょうね。

なぜ「大きな」が「大きい」に変わったのかという疑問

では、なぜ「大きな」が「大きい」に変わったのでしょうか。時代と共に「大きな」が「大きい」に変わるのであれば、「大きな古時計」も、「大きな栗の木の下で」も、「ちいさなにわ」も、「大きな太鼓」も、「大きい古時計」や「大きい栗の木の下で」になっていてもよさそうなものです。「こいのぼり」の場合は、歌詞の中に「大きな」と「小さい」が並んでいたという点が、他の歌と違います。ここら辺が、歌詞が変わった原因かもしれませんね。

「大きな」と「大きい」の違い

「大きい」は形容詞、「大きな」は連体詞です。「大きな」の方は、名詞の前にだけくっつきます。

大きいこいのぼり◯
大きなこいのぼり◯
このこいのぼりは大きい◯
このこいのぼりは大きな✕

一方で、「大きな」しか使えない場合があります。

  • 私は大学の先生になるという(×大きい/〇大きな)夢をもっている。
  • 南通では突然の突風で(×大きい/〇大きな)被害が出た。
  • 彼は父母の(×大きい/〇大きな)愛情を受けて育った。
  • 私は中国工場設立の(△大きい/〇大きな)プロジェクトに参加していた。
引用:日本語教師のネタ帳

抽象概念を修飾するときは、「大きな」が使われるんですね。

幼児の日常生活で「夢をもっている」とか、「被害が」などの、抽象概念を表す言葉が使われる場面が思い浮かびますか?使う場面があったとしても、珍しいですよね。また、「大きな」という言い方は、ちょっと古くて正式な言い方なんです。ということは、幼児の生活で「大きな」や「小さな」という言葉を聞くことは、ほとんど無いんですよ。子ども達は、「ちいさなにわ」や「おおきなたいこ」などの歌や「大きなカブ」の絵本などで、「大きな」「小さな」という言葉を覚えていくんです。「きょだいなきょだいな」という絵本も面白いですよね。

そうだとすれば、普段使わないからといって、簡単に「大きい古時計」とか「大きい栗の木の下で」に変えることはできませんね。

なぜ「大きなまごい」と「小さいひごい」だったのか

「大きな」「大きい」の使い方は分かりましたが、まだ疑問は残ります。なぜ、「大きなまごい」と「小さいひごい」という組み合わせだったのでしょうか。

「大きな」と「小さい」の歴史

先ほど引用した日本語教師のネタ帳のサイト(サイトの運営者は、「日本語の難問」宮腰賢著(宝島新書)を参考にまとめたと書いています)では、「大きな」「大きい」「小さな」「小さい」の歴史についても書かれています。そこに書いてあることを、すごく簡単に書かせてもらうと

  1. 昔は「おおきなり」という形容動詞と「ちいさし」という形容詞があった(中世以前)
  2. 「ちいさし→小さい」に対応して「大きい」が生まれた(室町時代)
  3. 「大きな」に対応する「小さな」が生まれた

このような順で、言葉が作られたようです。昔からあるのは「大きな」と「小さい」だったんですね。そう思うと、こいのぼりの歌詞が「大きなまごい」と「小さいひごい」であることも自然に思えます。

せっかく韻を踏んでいたのに…

実は、昔の「こいのぼり」の歌詞は韻を踏んでいました。「大きな まごいは お父様」の部分は、「大きな」も「まごいは」も「お父様」も、最後の一文字の母音が「あ」ですよね。一方、「小さい ひごいは 子ども達」は、「小さい」「ひごい」「子ども達」と、母音が「い」のものが続きます。

言語学者の川原繁人さんが、「あ」は「い」より大きい!?—音象徴で学ぶ音声学入門…という本を書かれていますが、「こいのぼり」を作詞した近藤宮子さんは今から100年近く前に、「あ」の方が「い」より大きい。まごいは「あ」。ひごいは「い」。と、感覚で分かっていたのかもしれませんね。

父親の存在感と共に、「お父様」が「お父さん」、「大きな」が「大きい」へと、小さく感じられる歌詞に変わっていったのかもしれない…と言うと言い過ぎでしょうか。

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