先日、ZOOMを使った研修を行いました。
現場経験が無くても子育て経験無しでも「子どもを深く見るってこういうことなんだ」ということが分かる研修
という長い名前の研修です。
ツイッターで呼びかけたところ、思った以上の反応を頂いたので、研修で取り上げた話の1部をこちらのブログの方でもシェアします。前半は、なぜ子どもを深く見る(考える)必要があるかを、後半は、保育者が子どもを深く見るとこのような表し方になるという1例をお伝えします。
ベテランの保育者は子どもを深く見ている?
ベテランの保育士や幼稚園教諭って、驚くほど広い視野で、多角的な視点から子どもを見ている人がいるんですよ。幼稚園では1クラスに30人以上いる子ども達が、保育室や園庭など好きな場所で遊んでいることがあります。子ども達はいろんな場所で遊んでいるので、保育者はあまり子ども達を見ていないようにも思えます。
ところが、保育実習の学生が見ているときにはなんでもなかったはずの1場面でも、後からやってきた幼稚園の先生が一言声をかけただけで、子ども達は見違えるような姿を見せることもあります。まるで、ずっとその場の状況を見ていたかのような適切な関わり方をする保育者がいるんです。
驚いたことに、保育者の中には、「あの子もうすぐ熱出るよ」ということを言い当てる人もいます。「あの子熱あるよ」じゃなくて、「あの子もうすぐ熱出るよ」です。言われてすぐに測っても平熱なんですけど、しばらく経ってから測ってみると、その子は本当に発熱してるんですよね。
こういう特別な能力をもっている人に、「どうして分かるんですか?」と聞いても「なんかいつもと顔が違ったから」とか「なんとなく」などというような返事をされます。ですので、なんとか方法を聞き出そうとしても、「長年の経験からなんとなく分かるようになったのでは」と憶測するくらいしかできません。
これらのような、ベテランの保育者がやっていることって、子どもを深く見るということなんでしょうか?
保育者は直観で動いている
これらのような場面で、おそらく多くのベテラン保育者は「直観」で動いています。ここで言う「直観」は、第六感のようなスピリチュアルなものではなく、膨大な経験に基づいた瞬時の判断です。「直観」については、理化学研究所が、「素人でも訓練によってプロの棋士と同じ直観的思考回路をもつことができる」ということをプレスリリースしているので、ホームページから引用します。
勝負の世界には、瞬間的に有利不利を判断して正しく対処できる優れた能力を持つ人がいます。このレベルに達するには、その分野での集中した訓練を長期にわたって行うことが必要であるといわれています。運動技能の訓練の場合と同じく、訓練の初めには意識的に時間をかけて解決策を考え出します。しかし、経験が蓄積するにつれて思考過程は自動的に、そして素早くなっていきます。この無意識的な思考過程を「直観」と呼びます。この直観的思考は、勝負の世界以外にも熟練した医師の正確な診断や技術者のシステム故障の的確な診断などに重要であることが知られています。
引用元:理化学研究所HP 素人でも訓練によりプロ棋士と同じ直観的思考回路を持てる
-直観的思考は継続的な練習の積み重ねで養われる-https://www.riken.jp/press/2012/20121128/
注目したいのは、引用した文章中の「訓練の初めには意識的に時間をかけて解決策を考え出します」という部分です。見方を変えると、「意識的に時間をかけて解決策を考えなければ、初めの状態から抜け出せない」ということにもなります。
「意識的に時間をかけて解決策を考える」ということは、保育の世界でも行われます。直観で判断をしているベテランの保育者達は、おそらく、経験が浅い頃には意識的に時間をかけて子どもを見、分析し、それを次の保育に活かすということを、毎日繰り返してきたのだろうと推測できます。
それを感覚でできてしまう人もいれば、何十年も趣味で将棋を指している人と同じように、「なんとなく楽しくやってる」で過ごしてしまう人もいることでしょう。わずか数年の経験で風格さえ漂うような保育者は、才能ばかりではなく、この「意識的に時間をかけて解決策を考える」という部分がしっかりしているのかもしれません。
保育の「意識的に時間をかけて解決策を考える」とは
保育所保育指針には、保育所の役割として、「保育を必要とする子どもの保育を行い、その健全な心身の発達を図ることを目的とする」とあります。この「子どもの健全な心身の発達を図る」という目的を果たすためにどうするかというのが、とても大きな課題であり、保育者は常にそれを考えているはずです(と思いたいですが、実際はいろんな人がいますね)。
1 保育所保育に関する基本原則
引用:保育所保育指針
⑴ 保育所の役割
ア 保育所は、児童福祉法(昭和22年法律第164号)第39条の規定に基づき、保育を必要とする子どもの保育を行い、その健全な心身の発達を図ることを目的とする児童福祉施設であり、入所する子どもの最善の利益を考慮し、その福祉を積極的に増進することに最もふさわしい生活の場でなければならない。
「心身の発達」といっても、「こうすれば育ちます」とか「ああ、今さっき心が育ったよね」などということは、簡単には言えないですよね。身体の方の育ちは身長や体重を測れば分かりますし、「足取りがしっかりしてきた」「筆圧が強くなってきた」などということが分かりやすいですが、心の育ちはなかなか言い表すことができません。それでも「子どもの健全な心身の発達を図る」という目的があるので、心についてもっと深く考えていく必要があります。
心の動きに着目してみると
さて、ここで1つ言葉を紹介します。「心情、意欲、態度」という言葉です。先に引用した保育所保育指針にも載っていて、「心情」「意欲」「態度」の3つがセットで「心情、意欲、態度」と書かれています。「心動く経験が意欲となり態度となって現れる」と考えると分かりやすいです。
この記事の冒頭で、「保育実習の学生が見ているときにはなんでもなかった1場面に、後からやってきた幼稚園の先生が一言声をかけただけで、子ども達は見違えるような姿を見せることもあります」とお伝えしました。どうやら、ベテラン保育者の一言で子どもの心が動き、「やってみたい」という意欲が生まれ、見違えるような姿となる・・・ということがありそうです。
でも、ベテランの保育者は直観で動いているはずでした。長年の経験から瞬時の判断をする直観で言葉をかけているため、論理立てて説明するのは難しいのです。と、理化学研究所が見解を出しているので、もう一度引用しますね。
熟達者の長年の経験と知識に基づいた直観が、マニュアル化できないような事態の解決法を見つけ出すのですが、本人にも論理立てて説明することが難しく、直観的思考を他者に伝達、または教育することが困難であると考えられています。そのため、直観的思考の仕組み解明が待ち望まれています。
引用元:理化学研究所HP 素人でも訓練によりプロ棋士と同じ直観的思考回路を持てる
-直観的思考は継続的な練習の積み重ねで養われる-https://www.riken.jp/press/2012/20121128/
ただ、「訓練の初めには意識的に時間をかけて解決策を考え出します」ということでもありました。この、「意識的に時間をかけて解決策を考え出す」を保育実習生や経験が浅い保育者だけでなく、ベテランの保育者が言語化できれば、いろんなメリットがありますよ。ということが今回の研修で提案したことです。
勝負の世界には、瞬間的に有利不利を判断して正しく対処できる優れた能力を持つ人がいます。このレベルに達するには、その分野での集中した訓練を長期にわたって行うことが必要であるといわれています。運動技能の訓練の場合と同じく、訓練の初めには意識的に時間をかけて解決策を考え出します。しかし、経験が蓄積するにつれて思考過程は自動的に、そして素早くなっていきます。この無意識的な思考過程を「直観」と呼びます。この直観的思考は、勝負の世界以外にも熟練した医師の正確な診断や技術者のシステム故障の的確な診断などに重要であることが知られています。
引用元:理化学研究所HP 素人でも訓練によりプロ棋士と同じ直観的思考回路を持てる
-直観的思考は継続的な練習の積み重ねで養われる-https://www.riken.jp/press/2012/20121128/
思考をできるだけ言語化しよう
「意識的に時間をかけて解決策を考え出す」を保育実習生や経験が浅い保育者だけでなく、ベテランの保育者が行い言語化できれば、いろんなメリットが生まれます。言語化することで自分が考えていること(熟練者の場合は直観)をハッキリと認識でき、共通認識をする手がかりにもなります。そして、記録としても残るので、データとして蓄積もできるのです。
保育においては、意識的に時間をかけて解決策を考え出す方法として、子ども達の言動を記録し、それを分析し、次の保育計画に活かすということを長年やってきたのですが、それが十分にできない現状もあります。とにかく時間が確保されておらず、わずかな休憩時間にも他にやることがたくさん詰まっている人もいる状態です。
日常で「意識的に時間をかけて解決策を考え出す」ができないのであれば、経験の浅い保育者はその段階を抜け出すことができません。たまたま資質があった一握りの保育者だけが、求められている以上のことを自主的に行い、直観を獲得していくことになるのでしょう。まずはできるだけの時間を確保することが必要で、さらに、少しでも手がかりになるように、研修等でベテラン保育者の思考を言語化しておく必要があります。
心の動きに視点を当てて働きかける
では、実際に保育者が子どもを見るとき、子どもに働きかけるときに、どのようなことを考えているのか、1例を紹介します。直観で行っていることを言語化してみると、「ああ、子どもを深く見るということはこういうことなんだな」ということを感じて頂けるのではと思います。
実習生が記録をすると・・・
比較して分かりやすいように、まず、保育実習生が書くような記録を紹介します。なお、紹介する記録は、筆者の体験に基づいたものですが、あえて多少の脚色をしており、実在した記録を写したものではありません。
ブランコをしている子どもがいた。
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時には、こんな感じの記録があります。記録用紙のすき間を埋めるためにとりあえず書いたのか、何かを感じ取ってはいるけど表現する方法が分からないのか・・・。とにかく、もう少しなんとかしようと、実習の担当者が指導をします。よく言われるのは、「5W1Hを使って書きましょう」ということです。
10:10 園庭
数人がブランコで楽しそうに遊んでいた。
これだと、確かに「いつ」「どこで」「誰が」「どのように」「どうした」ということは分かります。ですが、「分析して次の保育につなげる」という点では、もう少し詳しく見ていく必要があります。
活動名 自由遊び
子どもの姿
10:10 園庭
数人がブランコで楽しそうに遊んでいた。
保育者の働きかけ
しばらく眺めた後、一言声をかけた。
考察
始めは、なぜあまり声をかけないのかと思った。おそらく、子どもの主体性を大事にして、見守っていたのだろうと考える。
考察も入って、かなり記録っぽくなってきました。保育実習生が「なぜ、保育者がそうしたのか」を考えることによって、「もしかすると、保育者はこんなところを見ていたかもしれない」「自分だったらこうするだろう」ということに気づくことができるんですよね。そして、考えても分からないことは、後から質問することになります。
保育者の思考を言語化すると・・・
実習生に質問されると(実習生ではなく、経験の浅い先生でも同様ですが)、ベテランの保育者からは思いもよらない答えが返ってくることがあります。「なぜブランコをしている子どもたちにあまり声をかけなかったかというと、ひなた(仮名)君か、みなと(仮名)君が自分で動き出すのを待っていたんですよ。」「実は、あの場にいた子どもたちの中で、最初のうちは、ひなた君とみなと君は楽しいって思ってなかったんじゃないかなと思うんですよね。」
・・・という具合です。中には、保育者と同じような視点を持って子どもたちを見ている実習生もいます。が、声のかけ方が分からず見ているだけだったり、上手く文字にできず記録に書けなかったりします。前述したように、ベテランの保育者にとっても、直観的思考で考えたことを文字に表すのは容易ではありません。しかし、話すことはできる人がいるのではと思います。ここでは、保育者の思考を言葉に表して書いていきますね。・・・
- ひなたは遊びに関心を持ちながらも、不安があったのではないか。
- なぜなら、他の子どもたちと仲は良いが、ひなたはブランコをこぐことができないので遊びに参加しきれないから。
- ブランコの側で周りの子どもの様子を眺めたりブランコの鎖を持ったりするがブランコには乗らないという姿から気持ちが推測できる。
- 一方、みなとがひなたを気にかけて見ている様子があった。
- 保育者は複数の意図をもち、状況に合わせて働きかけを選んでいる。このときはみなとの様子から、「友達がちゃんと自分のことを見ているんだと、ひなたに知ってほしい」という意図により働きかけた。
- ひなたかみなとが自ら動き出すまで待つという選択肢もあったが、そろそろ遊びの場がブランコから他の場所に移るかもしれないと感じ、「ひなた君のこと気になるよね」と、みなとに声をかけた
- ひなたの気持ちは期待と喜び、戸惑いに変わったのではないか。
- みなとから声をかけられ表情が変わったが、まだ笑顔ではなかったことからそれが推測できる。
実習生が表す「数人がブランコで楽しそうに遊んでいた。保育者はしばらく眺めた後、一言声をかけた」を、保育者の視点で文字に表していくとこのようになります。
ポイントは、心の動きに視点を当てていることです。「ひなた君のこと、気にかけてるんだろうな」と、みなとに心の動きがあると判断したから「ひなた君のこと気になるよね」と、保育者は気持ちに訴える声をかけています。気にはなるけど声に出せない、みなとを少しだけ後押しする声かけです。そして、みなとに声をかけられたことで、ひなたも心が動き、この後、ブランコを試してみる姿が現れます。
心動く経験が意欲となり態度となって現れる、「心情、意欲、態度」ですよね。
ひなたとって心が動く経験は、みなとに声をかけられたことです。「みなと君、見ててくれたんだ」「もしかしたら助けてくれるかも」「でもどうしよう」という思いが「うーん、やってみようかな」という意欲となり、その後、みんなと一緒に遊ぶ態度となって現れた出来事です。
ハッキリ言って、毎日の記録をこれだけの文字に表すことはあり得ません。ほんの数分の出来事をこんなに書いていたらキリがありませんから。また、筆者は実習生にも若い先生にも、聞かれれば答えますが全部は伝えません。多過ぎて訳が分からないことになりますから。まずは「楽しく遊ぶ」だけを考えていれば◎です。ここで紹介したことは、あくまでも、研修などで深く考えるとき向けです。
最後に
この記事では、「子どもを深く見るってこういうことなんだ」ということが分かる研修の一部をみなさんにシェアしました。「保育者ってそんなことまで考えているんだな」ということを感じて頂けたら、記事として大成功です。保育者としては、分かるだけではなくて、少しでも書けるようになったほうが良いので、それはまた別の機会に研修やメルマガでお伝えしますね。
zoomの研修では、子どもの気持ちに視点を当てた記録の様式もお伝えしましたが、ブログの記事では見やすくお伝えすることが難しく、断念しました。みなさん、ぜひ、Twitterをチェックして、次に研修のお知らせをした際はご参加くださいね。
管理人うち(@uchi70794834|Twitter)
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保育塾代表
2人の娘の父親
公立幼稚園・幼保園・大学の附属幼稚園で勤務経験あり。
ラッパ吹き。小学生を中心に、20年以上いろんなバンドを指導しています。保育士・幼稚園教諭のみなさんが、ほんの少しだけ余裕をもって仕事ができたら、プラスの循環が生まれます。
ほんの少しだけ余裕をもって仕事ができたら、ほんの少しだけ子どもが落ち着いて、そうするとまた、ほんの少しだけ余裕ができて、効率良く仕事ができる方法を調べたりして・・・
そんなプラスの循環の始めの一歩、小さな余裕を生み出すお手伝いをしています。
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